もう少しで今年も終わりですね。
紅白みながら、まったり打っています。
今年は反省すべきことの多いキツキツの私だったので、
来年はもっとたくさん笑いたいな。
自由な時間が限られている私ではあるんだけど…
昔からの友達も、最近の友達も、そしてこれからできる友達も…、
大切にできる1年にしたい。
ひとりっこで鍵っ子の私は、ずっ〜と友達に恵まれて今まで楽しく笑って来た。
夢であった仕事に近づいたのに、
出産であきらめなきゃいけなくなってしまった時も、
すごく心許せる友人が引っ越し先の千葉でてきたから、
いろんなこと話したりして乗り越えらられたし…。
だから、それが当たり前かと思っていただけに、
今はちょっと寂しいかなぁ…。
でも、まず私がもっともっと笑って過ごさなけりゃ、
見過ごす楽しさや見過ごす優しさがあると思うんだ。
来年はmore smile!で気楽に頑張ろう。
家族と友達に感謝して。
2005年12月31日
2005年12月19日
おてもと会
昨日は久々のおてもと会。
今では母親役も似合うようになった某女優さんの、宝塚時代のスタッフ同期の集まり。
侍従ママは大学生から4年間くらい宝塚のスタッフをしていた。
仕事ではなく言って見ればノーギャラのボランティアなのだが、仕事内容は幅広く
人間関係、上下関係、チームワークなどなど…いろ〜んなことを濃ゆ〜く学んだ。
30ン年間生きてきて、一番濃い時間をすごしていたときかも。
そんなときを一緒に過ごした戦友がおてもと。
宝塚のスタッフは、宝塚そのものにならってきちっと縦割り社会。
上下関係はきっちりしていて、年齢ではなくキャリアで呼び名も、
やってよい仕事も変わる。
挙手によってなれるというものではなく、よく来ているファンの中から上層部(?)が
目をつけて誘う。
選ばれた当初は“お手伝い”と呼ばれるいわゆる研修期間。
一定期間(決まってないけど…)を過ぎると、
アシスタント(これもキャリアや能力で第一アシスタントや第二アシスタントと別れる)、
そしてまぁ…かなりの期間過ぎると、最終的にはスタッフに昇格する人もいる。
私たちも当然“お手伝い”から始まった。
同時期に声をかけられた同期は、とくにお手伝い時代、本当に行動を共にすることが多く
他の人には言えない悩みなどを励ましあったり、また喜びも共有するので、
その結びつきは果てしない。
その人が好きという以外は、年齢も境遇も住んでいる場所もバラバラなのだが、
私は同期メンバーに恵まれて、他の期のメンバーよりも結びつきは強いと思う。
いや、強い。(断言!)
その女優さんが宝塚をやめてからかれこれ7年近くたつのに、
未だにそれぞれの誕生日にビックリ企画をしたり、
みんなで集まったりしている同期は多分私たちだけだと思う!
えへん!
今では全然別の状況にいる私たちだが、
あの常軌を逸した濃密な時間を一緒に過ごしたことで
なんか特別な空気感が私たちの中にはあるように思う。
まさに戦友。仲間とか友達とかより戦友。
雰囲気も服装の趣味も今となってはバラバラだし、
役員秘書も保健婦もインテリアコーディネーターも2時の母も将軍の侍従も
そこにはいるんだけど、言えることはあの時と赴任する戦地は違っているけど
みんな今も一生懸命戦ってるってこと。
それぞれがいるところで自分の足で歩いているってこと。
おてもとは、存在自体に励まされる。
一番濃い時間を思いださせてくれるから、
あのときの自分くらい頑張れ!って思わされるし
今も誰一人同じ道は歩いていないし、別の悩みを持っているんだけど
それぞれが踏ん張っているから、私もしゃがんでないで歩かなくっちゃって思う。
とかいっても、それぞれのかなり笑える姿とか、なかなか笑える失敗とかも知っているし
励まされるっていっても、そんな肩肘張らされる存在ってわけでもない。
いつでも傍にいて欲しいとか、いつでも会って話したいとか言うわけでもないんだけど
皆が存在する、皆と過ごした時間が存在するってことが
私にとってはすごく大きいのかもしれないなぁ。
忙しい皆は、バラバラに将軍宅にやってきたのだけど
最後にはこんなつまみとともにワインをあけたりしたのでした…。
(ちなみに侍従ママは下戸。飲むと頭の中を兵隊が行進して大変なのだ)

